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大阪高等裁判所 昭和29年(ネ)893号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 田中賢二

被控訴人(附帯控訴人) 平田雪子

主文

本件控訴は之を棄却する。

控訴人(附帯被控訴人)の拡張した請求を棄却する。

原判決中被控訴人(附帯控訴人)勝訴の部分を除きその他を次のとおり変更する。

被控訴人(附帯控訴人)は、控訴人(附帯被控訴人)に対し、金二三〇円を支払え。

控訴人(附帯被控訴人)の其の余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

事実

控訴人(附帯被控訴人)代理人は、「原判決中控訴人の勝訴部分を除きその他を取消す、被控訴人は、控訴人に対し、別紙〈省略〉目録記載の物件に対する京都法務局昭和二八年五月六日受附第九、三二九号所有権取得登記の抹消登記手続を為し、且つ、昭和二八年五月六日以降昭和二九年三月三一日に至る迄一カ月金一、三八五円の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決、請求拡張として被控訴人は控訴人に対し昭和二九年四月一日より昭和三一年八月三一日まで一カ月金一、三八五円の割合による金員を支払えとの判決並びに附帯控訴に対し「本件附帯控訴を棄却する。」との判決を求め、被控訴人(附帯控訴人)代理人は、「本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人の負担とする」との判決「控訴人の拡張した請求を棄却する」との判決並びに附帯控訴として「原判決中附帯控訴人勝訴の部分を除きその他を取消す、附帯被控訴人の請求を棄却する。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出認否援用は、控訴人(附帯控訴人以下単に控訴人と称す)代理人において、「被控訴人(附帯控訴人以下単に被控訴人と称す)の情夫であつた訴外小林勝次郎は、本件土地建物を被控訴人の住居に使用する為、その所有者訴外菱田三郎から買受け、昭和二三年一二月二六日小林勝次郎及び被控訴人の用途に充てる為、控訴人から金一五〇、〇〇〇円を借受け、弁済期である昭和二四年二月末日に弁済しないときは、之を停止条件とする代物弁済として本件土地建物の所有権を控訴人に移転する旨を定めた売渡担保契約を為した。しかるに、小林勝次郎は、右弁済期に弁済しなかつたから、控訴人は、右条件成就により当然本件土地建物の所有権を取得した。被控訴人は、右事実を認め、昭和二四年四月本件建物を控訴人から賃借し、同年五月分から昭和二八年四月分迄賃料を支払つて来たのである。右の次第であるから、仮に小林勝次郎が菱田三郎から本件土地建物の所有権移転登記手続を経由したとしても、同訴外人が控訴人に対し、登記の欠缺を以て対抗することができないと同様に、事実上同訴外人と同一の地位にある被控訴人も控訴人に対し対抗し得ないことは勿論、被控訴人は本件土地建物に対する控訴人の所有権を認め、五年の永きに亘り本件建物を賃借して来たのであるから、本件土地建物に対する控訴人の所有権を争う権利を抛棄したものというべきであるから、登記の欠缺を主張し得ない。(昭和二六年七月二日言渡、同年(ネ)第四六号広島高等裁判所判決参照)。」と述べ、被控訴代理人において、「本件土地建物が、元訴外菱田三郎の所有であり、昭和二三年春頃当時被控訴人と特殊関係にあつた訴外小林勝次郎が之を買受け、被控訴人が本件建物に居住するに至つたことは認める。被控訴人は、控訴人から、本件建物を賃借した後、控訴人に対し本件土地建物を控訴人名義に登記手続を経由した上被控訴人に売渡して呉れと申出たが、控訴人は何等の手続をせず放任する内、訴外洞勇が本件土地建物を買受け登記手続を経由しているから本件土地建物を買受けるか、又は之を明渡せと厳談して来たので、被控訴人は、已むを得ず之を買受け登記手続を経由したのであるから、不法行為により本件土地建物の所有者となつたものではない。従つて、被控訴人は、控訴人に対し、登記の欠缺を主張し得る正当な第三者である。次に被控訴人は、控訴人から昭和二四年五月以降本件建物を賃借して来たが、昭和二八年春頃本件土地建物の所有権を取得し、賃貸人たる控訴人は、本件建物に対する賃貸人の義務を履行することができなくなつたのであるから、賃貸借の有無に拘らず賃料を請求することができない。又被控訴人は、本件建物の所有権を取得した後においては、本件建物を自己の所有物として使用するもので賃借物件を使用するものではないから、控訴人に対し賃料の支払義務はない。仮にそうでないとしても、被控訴人は、昭和二八年三、四月分の本件建物の賃料を支払つたから(乙第三号証)、この賃料の支払請求は明かに失当である。」と述べた外、〈証拠省略〉原判決事実摘示と同一であるから之を引用する。

理由

別紙目録記載の土地及び家屋(以下本件土地家屋と称す)が、元訴外菱田三郎の所有であり、被控訴人と特殊(妾)関係に在つた訴外小林勝次郎が、昭和二三年春頃之を買受け、爾来被控訴人が本件家屋に居住していることは、当事者間に争がない。当審証人小林勝次郎の証言により真正に成立したものと認め得る甲第一号証の一乃至四、同第二号証の一、二、同第四号証の一、二、原審証人志甫一雄、同中山庫雄、原審及び当審証人たけこと田中タケ、当審証人小林勝次郎の各証言及び当審における控訴人本人尋問の結果を綜合すると、小林勝次郎は、昭和二三年三月頃本件土地家屋を菱田三郎から買受け、当時情婦であつた被控訴人を居住させていたが、昭和二三年一二月頃自己の用途に充てる金員の必要を生じ、同月二六日本件土地家屋を売渡担保として、控訴人から金一五〇、〇〇〇円を弁済期昭和二八年二月末日とし、若し右弁済期を経過しても右債務を弁済しないときは、当然本件土地家屋を控訴人に移転すること、その際は小林勝次郎は、本件土地家屋を控訴人名義に所有権移転登記手続を為し、且つ、小林勝次郎の責任を以て被控訴人を本件家屋から退去させて之を明渡す約定で借受けたこと、しかるに、小林勝次郎は、右弁済期日に前記借入金を返済しなかつたことを夫々認めることができる。そして、右認定事実からすると、控訴人と小林勝次郎間の金一五〇、〇〇〇円の貸借に対する本件土地家屋の担保契約は弁済期に弁済をしないときは、之を停止条件として本件土地家屋の所有権を控訴人に移転する旨の約定ある売渡担保契約であることは明かであり、小林勝次郎は、弁済期日である昭和二八年二月末日に前記債務を弁済しなかつたのであるから、本件土地家屋の所有権は、同日の経過と共に控訴人に移転したものと謂うべきである。次に、成立に争のない乙第一号証、原審証人平田キク、原審及び当審証人たけこと田中タケ、当審証人小林勝次郎の各証言、当審における控訴人及び被控訴人各本人尋問の結果を綜合すると、(一)、控訴人は、前記のように本件土地家屋の所有権を取得したが、当時既に被控訴人が本件家屋に居住して居り、直ちに被控訴人に明渡を求めることもできなかつたのと、元来控訴人が本件土地家屋の所有権を取得したのは、小林勝次郎が前記債務を弁済しなかつた為であつたので、貸金に相当する金員の支払さえ受ければ再び所有権を小林勝次郎に移転するか、被控訴人に売渡してもよいと考えたので、被控訴人に対し、昭和二四年五月頃から本件家屋を賃料一カ月金一、〇〇〇円(後一カ月金一、五〇〇円に値上、昭和二七年七月一日以降一カ月金二、〇〇〇円に値上)の約定で賃貸することとし、被控訴人は控訴人が本件家屋の真実の所有者であると信じ、同月以降昭和二八年四月末日迄前記賃料を控訴人に支払つて来たこと(被控訴人が、控訴人に右期間右賃料を支払つたことは当事者間に争がない)、(二)、被控訴人が右の如く本件家屋を控訴人から賃借中、控訴人と被控訴人間に本件家屋の売買の交渉が為され、控訴人は、前記貸金に相当する金員の回収ができれば売つてもよいと考え、被控訴人も、本件家屋の登記手続が完全にできれば買受けてもよいと考えていたが、右交渉当時本件家屋は菱田三郎の所有名義に登記されて居り、同人は所在不明であつた為、控訴人名義に本件家屋の所有権移転登記手続をすることができない状態であつた等の事情の為、本件当事者間に右売買は成立するに至らなかつたこと、(三)、しかるに、昭和二八年初頃から第三者が本件家屋は自分のものであると被控訴人方に云つて来るようになつたので、被控訴人は、控訴人方に本件家屋の真実の所有者であるか否かを問合せ、控訴人の所持する元所有者菱田三郎作成名義の委任状、売渡証書等に押捺してある印が同人のものか否かを菱田三郎の義弟菱田耕治方で調査したところ、右印が菱田三郎の印であるか否か判然しないまま経過する内、同年四月頃訴外洞勇が被控訴人に対し、本件家屋は自己が買受けたもので登記も完全にできる旨述べ、買取を求めたので、被控訴人は後に認定する如く本件家屋を買受けたことを夫々認めることができる。右認定に反する原審及び当審証人田中タケ、当審証人菱田耕治の各証言の一部は、前掲の証拠と対比して採用できないし、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。他方成立に争のない甲第三号証、原審及び当審証人洞勇の証言により真正に成立したものと認め得る乙第一、二号証、原審及び当審証人平田キク、同証人洞勇の各証言及び当審における被控訴人本人尋問の結果を綜合すると、(イ)、菱田三郎は、本件土地建物を所有していたが、訴外中西芳枩は、本件土地家屋につき菱田三郎と売買予約契約を為し、昭和二七年六月一一日所有権移転請求権保全の仮登記手続を経由し、次いで、之に基く売買の本契約により本件土地建物の所有権を取得し、次いで、洞勇に之を譲渡し、洞勇はその所有権を取得したこと、(ロ)、被控訴人は、前記のように控訴人から賃借して居住していたが、昭和二八年四月頃洞勇から本件土地家屋の所有者は自分だから、之を買取るか、買取らぬなら他に売却するから明渡されたい旨の交渉を受けたので、前記(三)認定の如く控訴人が本件土地家屋の真の所有者であるか否かを確めたが、判然としない点があり、洞勇からは本件土地建物の所有権移転登記手続を経由して完全な所有権を移転することができると告げられたので、同年五月四日同人から本件土地家屋を登記手続費用を含めた代金一〇四、〇〇〇円で買受ける旨約し、右代金を支払い、同月六日前記中西芳枩名義の仮登記の抹消を受けると共に、本件土地家屋につき、中間省略登記の方法により、菱田三郎から直接被控訴人名義に所有権移転登記手続を経由したことを夫々認めることができる。右認定に反する原審及び当審証人田中タケ、当審証人菱田耕治の各証言は、前掲の証拠と対比して採用しない。

以上の認定事実からすると、本件土地建物の所有権は、元所有者菱田三郎から小林勝次郎に、同人から控訴人へ移転されると共に、他方右菱田三郎から中西芳枩に、同人から洞勇に、洞勇から被控訴人に移転されたこと、即ち本件土地建物は二重に売買されたことは明かである。そして、不動産の所有権が二重に売買されたときは、所有権移転登記を経由した買受人の権利が優先することは、民法第一七七条の規定から明かであつて、売買の先後によつて権利の優劣を決すべきではなく、又登記を経由した買受人が、善意であると悪意であるとによりその効果に消長がないものと解すべきである。本件においては、控訴人は、本件土地家屋につき所有権取得の登記を経由せず、被控訴人は、昭和二八年五月六日その登記を経由していることは、既に認定したとおりであるから、被控訴人は、同日以降本件土地家屋につき、第三者に対抗力を有する完全な所有権を取得し、従つて、控訴人は、同日以降本件土地家屋の所有権に関しては無権利者となつたものと謂わなければならない。しかるに、控訴人は、「本件土地家屋の元所有者菱田三郎から本件土地家屋を買受けた小林勝次郎は、被控訴人の情夫であり、本件土地家屋を小林勝次郎と被控訴人の金融の為に控訴人に譲渡せざるを得なくなつたのであるから、仮に小林勝次郎が菱田三郎から登記を受けたとしても、控訴人に対し登記の欠缺を以て対抗できないと同様に、事実上同一の地位にある被控訴人も控訴人に対抗し得ない。」と主張し、小林勝次郎が、本件土地家屋を買受けたこと、右買受当時被控訴人は小林勝次郎と妾関係に在つたこと、小林勝次郎が自己の金融の為に本件土地家屋を控訴人に対し売渡担保に供して金員を借受け、該債務を弁済しなかつた為に、本件土地家屋の所有権が控訴人に帰属したことは、既に認定したとおりであるが、被控訴人が、小林勝次郎から本件土地家屋を買受けて貰つたこと及び被控訴人の金融の為に控訴人に売渡担保に供したことを認めるに足る証拠はなく、却つて、当審証人小林勝次郎の証言及び当審における被控訴人本人尋問の結果によると、被控訴人と小林勝次郎とは昭和二三年春頃から前記特殊関係を結ぶに至つたが、昭和二四年末頃にはその関係を断ち、被控訴人が本件土地家屋を買受けた当時である昭和二八年頃には全然関係がなくなつていたことを認めることができる。そうすると小林勝次郎は、本件土地家屋の売主として、控訴人に対し、登記の欠缺を主張することができないことは勿論であるが、被控訴人が小林勝次郎と前記の如き特殊関係があつたからといつても、本件土地家屋につき小林勝次郎と同一の地位に在るものということはできないのみならず、本件土地家屋の所有権を前記のように取得した以上、被控訴人は、控訴人に対し、登記の欠缺を主張し得る正当な第三者と解すべきであるから、控訴人の右主張は採用することができない。次に、控訴人は、「控訴人が、本件土地家屋の所有権を取得した後である昭和二四年五月以降本件家屋が控訴人の所有であることを認めて之を賃借し、昭和二八年四月分迄賃料を支払つて来たのであるから、控訴人に対し、登記の欠缺を主張する権利を抛棄したものであるから、登記の欠缺を主張し得ない。」と主張し、被控訴人が、控訴人主張の如く本件家屋を賃借し、賃料を支払つたことは、前記(一)認定のとおりであるが、被控訴人が右賃借当時控訴人は、第三者に対し、対抗力を有しないとはいえ、本件土地家屋の所有権を有していたのであるから、之を認めて控訴人から買受ける旨契約し又は賃借する者に対しては本件土地家屋の所有権を主張し得たのであり、被控訴人は、控訴人から前記(一)認定の如き事情と約定で本件家屋を賃借したのである。従つて、被控訴人と控訴人間には当時本件家屋につき一応適法に賃貸借が成立し、被控訴人は、賃借人として控訴人に対し、控訴人が本件家屋につき所有権取得登記を経由していないから、その所有者でないと主張して賃料の支払義務がないとか、本件家屋の所有者は登記簿上の名義人が依然その所有者であるから、被控訴人はその者に対し賃料を支払うべきで、控訴人に対してはその支払義務がない等の主張を為し得ないものと謂わなければならない。此の意味において、被控訴人は、本件家屋の賃借人としては、控訴人主張の如く控訴人に対し登記の欠缺を主張し、本件家屋の所有権取得を争う権利を抛棄したものと解すべきである。しかし、右の関係は、飽く迄被控訴人が賃借人としての控訴人に対する関係であるから、被控訴人が前記のように本件土地家屋を適法に取得し、その所有権移転登記を経由し、所有権取得後控訴人に対し登記の欠缺を主張して所有権取得を争う権利を抛棄した事実の認められない本件においては、被控訴人は本件土地家屋の所有者として控訴人に対しては勿論第三者に対しても対抗し得るものと謂うべく、しかも、被控訴人は、前記認定の(二)、(三)及び(イ)、(ロ)の如き経過と事情の下に本件土地家屋を買受け、その所有権取得登記を経由したのであるから、控訴人の本件土地家屋に対する所有権を不法に侵害して、その所有権を取得したものと謂うことはできない。従つて、被控訴人は、適法に本件土地家屋の所有権を取得したもので、不法行為者ではないから、控訴人は、本件土地家屋に対する所有権取得の登記なくしては、所有権取得を以て被控訴人に対抗することはできないものと謂わなければならない。控訴人引用の判決(広島高等裁判所昭和二六年(ネ)第四六号、同年七月二日言渡、高等裁判所判例集第四巻第八号所載)は、建物の賃借人がその建物の買受人の所有権を承認し、改めて之を賃借したときは、右賃借人はその買受人に対し、その建物の所有権取得につき登記の欠缺を主張しえないと判示しているが、右判決は、建物の賃借人が、右建物の買受人の所有権を認めて賃借中、該建物につき所有権を取得した事実がないのに、所有権を取得した旨の登記手続を経由し、登記簿上の名義人となつている事実を認定し、建物の実質上の所有者の右登記簿上の名義人に対する登記抹消請求を認容したものであつて、本件事案には適切ではない。叙上の理由により、控訴人の所論は理由がないことが明かであるから、之を採用することができない。

以上の理由により、控訴人は昭和二八年五月六日以降本件土地家屋に対しては所有権を有しなくなり、同日以降本件土地家屋の所有権は被控訴人の取得するところとなり、その旨の登記が存することが明かであるから、控訴人が、被控訴人に対し、本件土地家屋の登記抹消登記手続を求める請求は失当として棄却すべきである。

次に、控訴人の賃料請求についての判断をすることとする。被控訴人は、本件家屋を控訴人から昭和二四年五月以降賃借し、昭和二八年四月分迄の賃料を支払つたことは既に認定したとおりである。そして、被控訴人が、昭和二八年五月一日以降の賃料を支払わぬことは、被控訴人の明かに争わぬところである。

そこで、本件当事者間の賃貸借契約の帰趨につき考察するに、控訴人は本件家屋の登記名義ある所有者である訴外菱田三郎より訴外小林勝次郎を経てその所有権を取得し被控訴人に対し之を賃貸中(この賃貸借には借家法の適用があることは、弁論の全趣旨から明かである)のところ、昭和二八年五月六日、被控訴人は之を右菱田三郎より訴外中西芳枩及び洞勇を経てその所有権を取得し、同日中間省略して直接右菱田三郎よりその所有権取得登記を了したことは前段認定のとおりである。而して、借家法によれば登記ある所有者より建物の所有権を譲受けたが未だその登記を経ていない者が、その建物を第三者に賃貸してその引渡をしたときは、その賃貸借は爾後登記簿上の所有者から、右建物の所有権を譲受けその登記をした者に対しこの登記とともにその効力を生じ、従て右所有権取得登記を経ていない者はこの時においてその賃貸人たる地位を喪失するものと解すべきである。そうすると、控訴人と被控訴人間の本件家屋に対する賃貸借は、被控訴人が本件家屋の所有権を取得し、その登記手続を経由した日である昭和二八年五月六日消滅したものと謂うべきである。従つて、控訴人の本件家屋に対する賃料の支払を求める請求は、同月一日から同月五日迄の分についてのみ正当であるが、其の余は失当である。そして成立に争のない甲第五号証の一、二によると、本件土地一六坪三合四勺に対する昭和二八年度の評価額は、金一二七、四五二円で、本件家屋床面積一八坪五合に対する同年度の評価額は、金一五一、〇〇〇円であることを認めることができる。右評価額を昭和二七年一二月四日建設省告示第一、四一八号(昭和二八年四月五日同省告示第四四四号により一部改正)に適用して計算すると、昭和二八年度の本件家屋の相当賃料は、一カ月金一、三八五円(円以下切捨)であることは計数上明かである。そして、昭和二八年五月一日から同月五日迄の賃料は、約定の範囲内の一カ月金一、三八五円の割合で計算した金二三〇円(円以下切捨)であることが明白である。そうすると、控訴人の本件賃料の請求は、金二三〇円の限度において正当であるから之を認容するが、その余の請求は失当であるから之を棄却する。

以上と同趣旨の下に控訴人の登記抹消の請求及び昭和二八年五月六日以降昭和二九年三月末日迄の賃料の支払請求を棄却した原判決は、その限度で相当であつて、本件控訴は理由がないから之を棄却する又控訴人の当審における請求拡張の部分は失当として棄却すべきものである。しかし、原判決中被控訴人に昭和二八年五月一日より同月五日迄の賃料の請求を認容したのは相当であるが同年三月一日以降同年四月末日迄の賃料の支払を命じた部分は失当であり、被控訴人の本件附帯控訴は一部理由があるから、原判決中被控訴人敗訴部分を変更することとし、民事訴訟法第三八四条第三八六条第九六条第九二条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 朝山二郎 坂速雄 岡野幸之助)

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